親の敷いた人生のレールを降りるのは難しい

人によっては、子供時より親の期待に沿うために、自己を抑圧して、親の言う通りの人生を歩み続ける方もおられます。
親の期待と書きましたが、正確には、親からの強制でしょう。

親の強制の具体的方法は、子供に対する厳しい日常の監視・支配、子供が親が期待することを達成した時のみほめる、出来なければ怒る、泣く、罪悪感の植え付け、もしくは罵倒、罵声の嵐。
これらの態度を駆使して、子供を親の期待に添わせようとコントロールしてきます。
コントロールとは子供の意思を奪い、親の思いのままに動かすことの出来る、自己の分身、もしくは、操り人形をつくるようなものです。

そして、子供は勉強、スポーツ、習い事等、嫌々させられ、自分の気持ちは言えず、親の決めた進路に従い、親の推薦する企業、組織に進みます。

これでは、自分の人生を生きているとは言えません。
なぜなら、自分の人生における、選択権を行使することもなく、すべては、親の選択に委ね生きているからです。

やがて彼らは思い、感じます。
「自分の人生を生きていない感じ」
「自分って何だろう」
「虚しい」

これらの感覚を常に持ちながら、社会に出て、社会人として働くことになるのです。
(すべての人が社会人として仕事に就けるわけではありません。絶え間ない親の干渉から自己抑圧、おとなしい子となり、学校でのいじめから不登校になり、部屋にひきこもってしまう場合もあるでしょう。ゲーム依存や家出の問題も生じます)。

さて、自分の人生を生きていない感じを抱き続け生きることは、日々、大変な虚しさを抱えて生きることにつながります。
なぜならそれは、親の人生を生きており、本当に自分のやりたいことは何1つ経験することなく、成長してしまったからです。

当然、チャレンジから得られる、自信、自己肯定感、自己存在のOK感も獲得されていないと思います。

でも、それと引き換えに、親の期待、親の敷いたレールを歩んできた人は、それなりの規模の企業・組織に入り、それなりの収入を得ていることも多いように感じます。

しかし、お金で心の満足は買えません。
稼いだお金で心の穴を埋めるために、休日は虚しさの感覚を麻痺させるために、様々な快楽を追い求め、稼いだお金を散財しているかもしれません。
これも虚しい行為であり、はめをはずし続けると、依存症の問題へと発展する可能性があります。

さて、自分の人生を生きていない感覚の悩みを解決するためには、どうすればいいのでしょうか。

それは、自分自身で歩む人生のレールを敷き、自分の人生を歩むことです。

すなわち、親の敷いたレールを降りる(脱却)こと、もしくは、親の敷いたレールを生きてきた弊害の問題を、改善していくことではないかと思います。

1 親の敷いたレールを生きてきた弊害の問題の改善

親の敷いた人生のレールを生きるということは、自分のしたいことも行えず、常に親に合わせ、怒られないよう常に親の顔色を伺ったり、家庭内で自分の思っていることも言えず、親からの攻撃、干渉を避けるため、親に従い、自分の殻にこもることにより、親より自分を守ろうとする傾向が高くなります。

そのため、成長しても、自分のしたいことが出来ず、言いたいことも言えず、常に周囲の視線を気にして、周囲に合わせ続け、自分が何を考え、何を思っているか、分からない状態になってしまうこともあります。

これら問題の解決策の1つとしては、企業・組織に属しているのであれば、自分の思っていること、考えていることを主張する、行動する。
もしくは、趣味の集まり、習い事の集まり等においても、周囲に合わせ続けることなく、自分を打ち出していく(主張、行動)。

すなわち、親から自分を守るために背負った殻を放り投げ、自己抑圧からの解放を目指すことです。

自分を抑え込まないことが大切です。
とくに、人間関係においては自分を打ち出し、対等な関係を築くことを目指し、自分の存在を体感することは有効でしょう。

これが、親の敷いたレールを生きてきた弊害の問題の改善策の1つです。

簡潔に書けば、他者との関係において、親から自分を守るために取り続けた、行動、態度は不要なのです。

そして、これが出来れば、親の敷いたレールの上(例えば、親の期待した企業内で就業継続)にいるかもしれませんが、自分を打ち出し、自己存在のOK感覚を増やすことにより、自分は自分でOKであり、心理的には親からの脱却が図れ、親の敷いたレールの上にいるようでも、内面は以前とは異なり、人生の虚しさ等も感じることも少なくなり、生きている充実感も増えると考えます。

親の敷いたレールの延長を、自分の敷いたレールに取り換えて、今後の人生を歩むのです。

2 親の敷いた人生のレールを降り、自分で人生のレールを敷き歩む

自分の好きに生きる。
すなわち、親の敷いたレールから、完全に降りることです。

しかし、これには大変勇気が要ります。
今まで経験して来なかった、様々なことにチャレンジしなくてはならないでしょう。
簡単にお勧め出来るものではありません。

しかし、人生は1回です。
後悔しない人生とは何か、一生に1回、自分の人生を自分で決めてもいいのではないか。
しかし、今は先に進むエネルギーすら、子供時より親に奪われ、日々周囲への気遣いからも奪われ、エネルギー切れの状態になっているかもしれません。

もしそうなら、自分の属している今の集団において、自分を主張、行動する等のことを行い、ある程度、自分はOK、自分に自信をつけ、自己のエネルギーを感じはじめた時に、親の敷いたレールから降りる(脱却)ことを考え、自分の人生を歩む、準備、計画をしてもいいかもしれません。

但し、時間はかかるでしょう。

あまり性急に急いで、計画性もなく、親の敷いたレールから脱却すると、自分の居場所(属する集団)を失い、経済的にも困窮し、後悔先に立たずとなってしまう恐れもありますので、時期を見て、親の敷いたレールから降りましょう。

親の敷いたレールからの脱却は時間がかかり、最初は不安を感じ困難も伴いますが、立ちはだかる壁を自分の力で乗り越え、自分がこれから何をするか、自己選択と実行の連続、そして望む未来への手応えを感じはじめると、これからへの希望を感じ、自信も湧いてきて、「私は自分の人生を生きているんだ」、その充実感に満たされる可能性は大きいと思います。

しかし、親の敷いたレールを降りた所が、自分の望む先ではなかった場合、強い後悔に襲われる可能性も大です。
後戻りは出来ません。
自分で親の敷いたレールを降りると決めたのですから、その選択責任の基、前に進むのみです。

親の敷いたレールからの脱却は高いリスクを伴い、人生を賭けて行う決意が必要なのです。

後悔しない人生とは何か・・・。
よくよく、考えてください。