親の思い・優しさが裏目に出る時

人とは人生において、様々な体験、経験をします。
どのような体験、経験をして年を重ねるかは人様々です。

その体験、経験の中には、屈辱的な思い、惨めな気持ち等、ネガティブに思いに満ちた経験をされる事も、人によっては様々あるでしょう。

さて、子供時、青年期等において、ネガティブな体験、経験等を多々されてきた方が結婚して、親になった時、自分とは同じ惨めな思い、屈辱的な気持ちを味わう人生をおくってほしくないと、親なければこそ、子供に対して強い思いに溢れることもあるのではないでしょうか。

しかし、自分と同じ思いを味わってほしくないばかりに、子育ての視点に重点が置かれますと、それは、子供の人生を決めつけてしまうことになってしまいます。

例えば(極端な例えですが)、父親が自分が子供時、周囲の子供からいじめられ続けた。
時には暴力も振るわれた。

自分の子供には、このような思いだけはさせたくないと思われ、子供に強くなって欲してと考えられ、子供が幼い時から空手道場に入会させたとしましょう。

強くあって欲しいとの父の思いですが、子供の趣味は読書であり、空手には興味がなく、空手のレッスンを嫌がっているとしたら、それでも、父親は強くなって欲しいと、子供を空手道場に通わされ続けるでしょうか。

これは、子供の何をして楽しむか、子供の権利と個の尊重を奪うことにつながり、かつ、子供の人生を奪うことになりかねません。

親の子供に対して、自分と同じ惨めな思いをさせたくない気持ちは重々分かりますが、客観的に考えてください。

自分(父親)が子供時、いじめられたからといって、その子供が、学校等において周囲の子供から、いじめられる根拠はありません。

遺伝子レベルで考えても、いじめられる遺伝子が存在するとは考えられません。

もし、その子が学校等において、いじめられる存在になるとしたら、大きな可能性は1つ。

子供に無理やり、長期に渡り、空手を習わせ続けたことにあるでしょう。

なぜなら、親が無理やり、どのような意図であれ、子供に無理やり、子供の意思に反して、習い事を強制させることは、子供の心を抑圧することにつながるからです。

親から抑圧的に育てられた子供は、親子関係の機能不全(親が子供の意思を尊重しない)より、周囲に対して意思を表明出来ない(親子関係より自分の意思は無視されるものと学習している)、また、その結果、おとなしい子となり、周囲の子供たちとのコミュニケーションの難しさにも発展する場合があり。

その時、子供はクラス内においても浮いた存在となり、いじめられる可能性が高くなるのです。

自分と同じ惨めな思いをさせたくないという親の気持ちが裏目に出てしまい、自分の子供がいじめの標的にされてしまう可能性を高めてしまうこともあるのです。

そして、子供が成長して成人、大人になるにつれ、無理やり空手を習わされ、日々嫌な思いに満ちていたこと、父親に人生を乗っ取られた、人生潰された等、生き辛さを味合わせた親に怒りの感情を抱くことにつながることもあるのです。

結果は親子関係、絶縁かもしれません。
または、周囲からのいじめが、心の傷となり、対人不安、社会不安等を招き、常に心の安定を保つために精神薬が必要となり、社会に適応出来ない人生をおくることになるかもしれません。

親の自分と同じ思いは子供にさせたくない。
この思い、優しさ、子供を想う、その気持ちが裏目となったのです。

子供を思う気持ちから、習い事等通わせることは、子供の可能性を広げるために大切なことでしょう。
でも、その為には、子供の意思、同意も必要なのです。

どれだけ、子供を思う気持ちが強くても、親の1人よがりで、子供に習い事をさせても、望まない結果を招くだけではないでしょうか。

それに再度書きますが、自分自身が子供時、青年時に屈辱的、惨めな思いを何らかの理由で味わったとしても、それと同じ体験を子供がされるでしょうか。
根拠はありません。

そして、自分に子供という存在がいることは、必ずパートナーがおられるはずです。(父と母)。

もし、何がなんでも子供に自分と同じ思をさせたくないと思われるのであれば、パートナーとも、よくよく、相談してください。

パートナーは、パートナーとして、一緒になるまで、別の人生を歩んでいます。

あなたとは、まったく別の、真逆の人生を歩んで来られたかもしれません。

自分1人で子供の人生を決めてしまうことなく、パートナーとも話し合い、そして、子供とも話し合うことが、一番賢明です。

親子、夫婦といっても、他人のようなところもあります。
その、溝を解く、大きな鍵が、相互理解な基づく、コミュニケーションなのです。