お金でつながる人間関係とその心理

どのような人間関係でも、その関係性を築くためには、時間とお金は必要です。
人間関係を築く、維持するために、どれだけの時間とお金を費やすかによって、その関係性が強化されることもあるでしょう。

そして、時間もお金も有限なものであり、人間関係に費やす時間、費やすお金は、人によって様々であると思います。

家庭の事情、経済の事情、人間関係に対する価値観等。

では、無理をしてお金を支出して人間関係を築き、関係性の維持に固執する人がいるとしたら、その方はどのような心理でしょうか。

その人のお金の事情(個人の経済)は芳しくなくても、人間関係のために、無理をしてお金を出してしまう人の心理とは。

Index
1 自分から人が離れていくことに対する不安
2 多くの人とつながっていることを自慢したい
3 自分に従わせたい 恩を売りたい 
4 人を助けたい

1 自分から人が離れていくことに対する不安

必要以上に、孤独を恐れる人、1人を恐れる人、寂しがりの人等は、常に人と接していたい、人の輪の中に入っていたいと思う傾向があります。

これらは、自分から人が離れていくことに対する不安ともいえるでしょう。

そして、この不安、不安が現実のものとならないために、必要以上に人と関わり、接し続けようとするのです。

例えば、複数のグループに所属、集まりには必ず出席、飲んで食べる。
帰宅は2次会、3次回会の後、深夜。
電車が動いていないのでタクシーを使う。

今ある人間関係を維持、そして、自分から誰も離れて欲しくないという思い。
この思いを叶えるためには、無理をしてでも、過剰な支出も厭わないでしょう。

でも、ここで冷静に考えてみましょう。

人間関係、つながりを人数(量)が大切と思われていませんか?

人間関係、つながりに人数(量)が大切と思われているとするならば、1人、1人との関係性は深いのでしょうか?

相互理解、信頼は高いのでしょうか?

私は人間関係とは量より質と捉えています。
少数でいいので、互いに本音で話し合える関係性を大切にします。

自分から人が離れていくことが不安であるからこそ、少数で良いので信頼関係が深く、安定した人間関係の方が、心も安定するのではないでしょうか。

2 多くの人とつながっていることを自慢したい

さて、人間関係を数の多さ、つながりの多さを重要視される方には、その数、つながりの多さを、他者に自慢したい心理もあります。

自分はこれだけの人達とつながっている。
数が誇りなのです。

また、関係性は希薄であっても、多くの人とつながっていると、ふと、その関係性から有名人とつながることもあるでしょう。

そうなると、数の多さを自慢する人は、自分が有名人とつながっていることも自慢する傾向があるのです。

人間関係の多さを自慢して、人に認められたい。
数の多さが自慢となることは、私も理解出来る心理です。

しかし、関係性において深く理解し合っていない人との付き合いに、時間とお金を使う。
そして、数の多さを自慢したい目的を果たすために投資をする。

この投資の価値は、生涯の資産となるのでしょうか?
また、今、自分が生きていることに対して、本当の豊かさにつながるのでしょうか?

人生において、真の友人に出会う価値。
お金をさほど支出しなくても、人間関係を深めることは出来ます。

でも、人間関係はその数が重要であると、価値づけているのであれば、私の声は届かないでしょう。

3 自分に従わせたい 恩を売りたい

さて、お金でつつながる人間関係においては、多額のお金を使うことよって、自分はお金を持っているとPRされる方もおられます。

お金は力である。
お金を持っていることは偉い。
お金はパワーであると考えられている人達です。

これらの人達は、自分が持っているお金の力を使うことにより、人を従わせたい、奉られたい、認められたい等の心理もあるでしょう。

お金を使う具体的な行為としては、奢る(おごる)、買い物をすることがあげられます。

他者に奢るとは、自分がお金を持っているというアピールであり、それにより、奢られた人は、奢って頂いた人のことを金持ちと思い、常にすり寄ってくるコバンザメのような振る舞いをするかもしれません。

それでも、奢る人は、奢ることによって、人を支配、認められたい、恩を売りたい願望をみたすのです。

また、高価、多額の買い物をすることによって、店員に奉られたい人もいるでしょう。

さて、奢る心理で考えてみると、奢ることによって、自分自身が気持ち良くなる人もおられるのではないでしょうか。
例えば、親分肌、人の面倒をみたい心理等が考えられます。

しかし、一般感覚で考え、度を越して奢る人に対しては、何らかの他者に対する目的がある可能性を排除出来ないということです。

奢る人全てが、人を支配、認められたい、恩を売りたい、奉られたいと望んでいるとは思いません。
そして、奢ることは社感性として問題は伴いません。

しかし、経済的な余裕がさほどないにも関わらず、度を越して人に奢って、人間関係を維持しようとしているのであれば、その行為における自分の目的は何か、そして、その関係性は本当に人とのつながりとして妥当なものなのか、よくよく考えてください。

お金とは魔物です。

お金により人を支配することも出来れば、お金を持っているために騙されることもあり、お金でつながる人間関係において、お金という財産を失った時、今まで、付き従っていた人、ペコペコ頭を下げていた人達が、どのように態度を一変するか、考え、想像すれば分かることと思います。

4 人を助けたい

人に尽くしたい、応援したい、役に立ちたい、助けたい、喜ばしたいという心理を強くお持ちの方は、人間関係を維持、強くする自己目的ではなく、相手本位の目的から、多少は無理をしてでも、お金を支出、支援されることもあると思います。

食事を奢る、日常生活品を購入、少額のお金を貸す等の行為です。

相手のためという私利私欲のない行為なのですが、お金は魔物です。
お金は人を変えます。
人の心を変えてしまうパワーがあります。

人のためと想い、お金を出した時、それを受け取る相手によっては、楽をしてお金を得たい等との思いから、始終、お金の相談、お金の要求がはじまるかもしれません。

人に尽くしたい、役立ちたいという動機は立派であると考えますが、お金は人を変えてしまうパワーがあると認識が必要です。

金の切れ目が縁の切れ目 適切な人間関係を考えよう

お金でつながる人間関係。

お金でつながる人間関係の心理には、自分から人が離れていくことに対する不安を、お金で関係性を維持する。また、多くの人とつながっていることを自慢したい、その自慢の心理を満たすためにお金を使う。

また、お金を見せびらかすように使い、お金のパワーを利用して他者を自分に従わせたい等の心理を考えてきました。

さて、ここで、問いが立ちます。

もし、人間関係を築き、維持、強化する為の、手段としてのお金がなくなってしまったら、その人間関係は、継続するのでしょうか。

お金でつながる人間関係とは、利得の人間関係です。

お金を主とした関係は、お金を支出する側、支出されたお金から利を得る側との間には、健全な心の関係性は培えていないと考えた方が妥当でしょう。

したがって、お金で人をひきつけていた方のお金がなくなった瞬間、主体的な人間関係は維持出来ず、さらに、事情によっては、今まで側にいた人達、付き従ってきた人達は一目散に離散する可能性が高いでしょう。

彼らからすると、お金というパワーを失った人は用なしであり、存在の価値はないのです。

お金でつながる人間関係は、心でつながる人間関係ではく、利得による人間関係です。

金の切れ目は縁の切れ目となるのです。

お金でつながる人間関係。
その心理をみてきました。

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