39-小学生低学年で発症した強迫性障害
私の強迫性障害は、6歳から8歳頃に始まりました。
その根底にあるのは強い不安です。
そして、強迫性障害は精神疾患の一つです。
私の強迫性障害の発症には、家庭環境、特に両親との関係が深く関わっていると感じています。
具体的には、母の身勝手な暴言や、しつけという名の暴力。
そして、父に対する複雑な愛憎の感情が、私の心に大きな影響を与え、強迫性障害の発症につながったように思います。
私の子供時の強迫性障害
最初の症状として現れたのは、小学校1年生の頃の「確認不安」でした。
家の鍵やストーブの消し忘れなどが気になり、何度も確認してしまうことから始まりました。
しかし、その後、私の強迫性障害は徐々に深刻化していきました。
父とピアノと強迫性障害の関係について
幼稚園の頃から、父の勧めと期待により、私はピアノを習っていました。
そして、小学校3年生の頃からは、音大の助教授の先生による本格的なレッスンを受けるようになりました。
父は私をピアニストにしたいと考えていたようで、音大の先生の厳しいレッスンを受けることになりました。。
しかし、正直なところ、私はピアノを弾くことに楽しさを全く感じられず、嫌々ながら続けていました。
毎週日曜日には、京都市中京区の自宅から、北区の先生の元までバスや市電に乗って通っていました。
当時の小学校は土曜日も午前中まで授業があり、私はピアノのレッスンに加え、父の期待に応えるため、さらに土曜日の音楽教室にも通い始めました。
今振り返ると、この繰り返しの毎日に何の意味があったのだろうかと感じてしまいます。
深まる強迫性障害
さて、私の強迫性障害は、父とピアノに深く関係しています。
父は会社から帰宅後、私にピアノを教えることを楽しみにしていたようでした。
しかし、私は全く楽しいと感じられませんでした。
そして、父とのピアノのレッスンが終わる時、私はレッスンで最後に弾いた音を、もう一度、鍵盤を叩いていました。
これが、私の強迫性障害の具体的な症状です。
なぜ、レッスンで弾いた最後の音に対して、さらに鍵盤を叩くのか。
実は、ピアノのレッスンで最後に鍵盤を叩く時、私は心の中で「父に対して、もう、消えて欲しい」と強く思っていました。
それは、父のために、全く面白くないピアノを嫌々ながら習っていると、自分自身で認識していたからです。
しかし、実際に、私の思いが原因で、父が本当にいなくなってしまっては困ります。
そう考えると、自分が思っていることが現実になってしまうのではないかという強い不安に襲われました。
これは、不安に基づく強迫的な考え、いわゆる「想念恐怖」と呼ばれるものです。
実際には、鍵盤を叩いた音と、父に対する反感に基づく私の思いには、何の論理的な関連性もありません。
しかし、父に抱いた「消えてほしい」という強烈な想念は、私の中でどうしても打ち消さなければならないという強い不安を生み出しました。
その不安から逃れるため、その想念を無効化し、浄化するために、レッスンで弾いた最後の音、もしくは「ドミソ」という和音を、頭の中から、想念が消えるまで、何度も何度も鍵盤を叩き続けたのです。
自分が抱く、父に消えてほしいという身勝手な想念。
でも、父に消えてもらっては困るという拭いきれない不安。
この、想念に基づく強烈な不安感を打ち消すために、私は無意識のうちにピアノの鍵盤を何度も叩くという行為を繰り返していたのです。
しかし、恐ろしいことに、想念とは、ピアノの鍵盤を叩けば叩くほど、父に消えてほしいという思いを増幅させました。
まるで、その想念に自ら執着してしまっているような感覚でした。
これこそが「強迫」なのです。
頭の中で強烈な想念が繰り返し迫ってくる。
私はますます強い不安に覆われる。
不安に基づく想念を打ち消そうとする行動(ピアノの鍵盤を叩き続ける)が「強迫行動」となり、その強迫行動をすればするほど、頭の中の想念はますます強くなる、これが「強迫観念」です。
こうして、強迫観念と強迫行動がセットになって、私の強迫性障害は始まったのです。
まだ、小学3年生という幼い年齢で。
強迫性障害の発症には、父に対する複雑な愛憎の感情と、母の厳しすぎるしつけ、この二つが大きく関係していたと考えています。
しかし、小学3年生という多感な時期に、精神疾患である強迫性障害を発症したという事実を考えると、私の家庭がいかに異常な子育て、異様な親の子どもへの関わり方を続けていたのか、少しでもご想像いただければ幸いです。
