45-笑い声のない家庭と、心の安全基地
緊張感の高い家庭に育って
以前、私は「心が固いと体も固い」と書きました。
また、前回の投稿では、私自身があまり笑わないことにも触れました。
実際、子どもの頃から、あまり笑った記憶がありません。
そういえば、母が笑っている姿も、思い出せないのです。
いつも、どこか不機嫌そうで、ムスッとしていた印象ばかりが残っています。
もちろん、実際には母も笑っていたことはあるでしょう。
笑い声のない家庭とは
笑い声のない家庭
それは、私にとって「居づらさ」と「緊張感」が常に漂う空間でした。
心理学には「心の安全基地」という言葉があります。
それは、「家の中に、安心していられる場所がある」ということ。
つまり、自分の存在が認められ、受け入れられ、守られていると感じられる空間です。
けれど私には、子どもの頃、そのような安心できる場が家庭内にありませんでした。
家庭にいても心が休まらず、違和感と緊張感ばかりがつのっていたのです。
そして、心の中にも、寄りどころとなる「安全基地」が育ちませんでした。
今、振り返ってみると、そう自己分析しています。
子どもにとって心の安全基地の大切さ
「心の安全基地」を、言葉で表すとするならば、それは「大丈夫」。
この「大丈夫」は、不安の真逆にある感覚です。
私の心は、その「大丈夫」を感じられず、常に不安に支配されていたように思います。
その不安はやがて、強迫性障害という形にまで発展していきました。
本来、心の安全基地があれば、
「大丈夫」という感覚が土台となり、
そこからチャレンジする力が育ち、
自信や自己信頼感、自己肯定感へとつながっていくものです。
私の場合は、その土台がなかったために、
不安に押しつぶされてしまいました。
