47-小学生の体育の授業で言われた「悔しがれ」
小学生の頃、体育の授業中のことです。
科目はたしか、球技だったと思います。
何かのプレーで私がミスをしたのでしょう。
その時、先生にこう言われました。
「悔しがれ!」
悔しい気持ちがない私
でも、私はその言葉の意味がよく分かりませんでした。
「悔しい」って、どういう感情なんだろう?
正直に言えば、今でも私は「悔しい」という感情を持っていないように思います。
そもそも、体育の授業は好きで参加していたわけでもなく、球技なんてどうでもよかったのです。
そんな中でミスをしたところで、何が悔しいのか、当時も今も、さっぱり分かりません。
もちろん、心理職としての知識から、他人の心は理解できます。
たとえば、もし一生懸命に取り組んでいたのなら、失敗した時に「悔しい」と思うのは当然でしょう。
でも、私はそうではありませんでした。
球技に懸命になるどころか、「いやいや」参加していただけだったのです。
だから、今でも私は「悔しい」という感情を持つことはほとんどありません。
ただし、他人にバカにされた時、人は「悔しい」と感じると言いますよね。
悔しさを超越して破壊的な怒りへ
でも私の場合、「悔しい」というよりも、
激しい怒りが突き上げてきて、相手を木っ端みじんに粉砕したいという破壊衝動が湧くのです。
それはもう、止めようのない怒りです。
「悔しさ」とは、どこか違う感情だと感じます。
年齢を重ねるごとに、むしろ自分の気性の激しさが増してきている気がします。
そのことに、ふと恐怖を感じることもあります。
だからこそ、今はなるべく静かに、穏やかに暮らしたいと思うのです。
