8.母の子育てのストレス
私は2歳~4歳の間、東京に住んでいました。
この時代は、昭和42年~昭和44年。
まだ、インタ-ネットは当然なく、家庭によって、固定式の電話があるかないかの時代でした。
そして、母は大阪より、父の転勤に伴っての移動。
かつ、母には東京には親戚も友達もいなかったと思います。
日中、私と生まれたばかりの弟との3人暮らし、結構、孤独で閉塞感のある家庭、時間を過ごしていたのだと思います。
私は2歳~4歳の間、東京に住んでいました。
この時代は、昭和42年~昭和44年。
まだ、インタ-ネットは当然なく、家庭によって、固定式の電話があるかないかの時代でした。
そして、母は大阪より、父の転勤に伴っての移動。
かつ、母には東京には親戚も友達もいなかったと思います。
日中、私と生まれたばかりの弟との3人暮らし、結構、孤独で閉塞感のある家庭、時間を過ごしていたのだと思います。
子供の育て方が分からない
今では、子育てについて様々な情報が溢れています。
しかし、母の時代はネットもなく、育児書が中心だったでしょう。
育児書の通り、子供が育っているかどうか、母にとっては、これが拠り所であり、拠り所を絶対視すると、そこから、子供に対する発達における不安を感じていたかもしれません。
母の家庭は女性家系
母の家庭は女性家系です。
母は長女、下、2人も女性です。
したがって、母は男の子というものが、どういうものか分からず、手間取ったのかもしれません。
後、考えられることは、父がどれだけ子育てに関与したかです。
父は子煩悩ですので、当然、子育てには協力したことでしょう。
しかし、問題はその協力の仕方が、夫と妻、双方が納得した子育て、協力を行っていたかです。
さらに書くと、この時点において、夫婦の会話はどのようなものであったのか?
質、量、ともに、双方納得のいくもであったかどうかです。
