『怒りの炎』怒りは身を滅ぼす |母との確執から広がる消せない怒り
抑え込まれた悲しみは、やがて怒りへと姿を変え、その怒りは、恨みや憎しみとなって心に深く刻まれることがあります。
そして、その怒りのエネルギーとの向き合い方を間違えると、まるで「怒りの炎」に焼き尽くされるかのように、自分自身を傷つけ、破壊してしまうことさえあるのです。

激しい怒りのエネルギーは、時に私たち自身を滅ぼすことがあります
Index
1.子育てから見えてきた、母との関係性
2.母への怒り、そして絶縁へ
3.激しい怒りは、他者への攻撃性へと転換する
4.過去を振り返りすぎると、怒りはさらに増幅する
5.激しい怒りは、自身を包み込み、滅ぼすエネルギーへ
1.子育てから見えてきた、母との関係性
久美さん(28歳、仮名)は、最近子育てを通して、ご自身が長年抑圧してきた深い悲しみに気づきました。3歳になる娘さんを育てる中で、久美さんは育児書を熱心に読み、「子どもを無条件に認め、褒めて育てることが大切」という言葉を実践しようと努力していました。
しかし、娘さんを叱ることは容易にできても、褒めることにはどうにもぎこちなさを感じていたのです。なぜだろうと自問自答するうちに、久美さんは、ご自身が母親から褒められた経験がほとんどないことを思い出しました。
そして、結婚するまでの人生において、常に母親の気持ちを優先し、その期待に応えることを第一として生きてきたことに気づかされたのです。

幼い頃から母親の好む服を着て、ピアノを習いたくないのにレッスンに通い、母親の期待通りに勉強し、母親の言う通りの大学に進学し、さらには母親が好みそうな男性と結婚した。
久美さんは子育てを通して、結婚するまでの人生が、常に本当の自分の気持ちを抑え続け、母親のために生きてきた時間だったと痛感したのでした。
そして、もう一つ気づいたこと。久美さんには妹がいますが、妹は母親に反発し、自分を優先して生きていました。

2.母への怒り、そして絶縁へ
「なぜ、自分だけが母親の言いなりだったのか」。
「なぜ、自分だけが母親のために我慢し続けなければならなかったのか」 。
「自分とは一体何だったのか」。
自分の過去を振り返るたびに、久美さんは深い悲しみを感じ始めました。
そして、自分を抑え続けてきた辛い過去を思い出すたびに、その悲しみは怒りへと変わり、その怒りは当然、母親へと向けられました。

その後、久美さんは母親に電話で、ご自身の過去の辛い気持ちを強く伝えました。驚いた母親は、泣いて謝罪してくれたそうです。母親の謝罪で、久美さんの気持ちは一旦は落ち着きました。
しかし、その1ヶ月後、母親から茨城県銘菓の饅頭が送られてきたのです。
この饅頭が、久美さんと母親の関係を決定的に悪化させてしまいました。
送られてきた饅頭のあんは白あんでした。これは母親の好みです。
しかし、久美さんは白あんが嫌いで、黒あんが好みだったのでした。
久美さんは、「また母親は自分の好みを押し付け、私を無視した」と烈火のごとく怒り、これまでにない強い怒りを母親に感じたのでした。
久美さんにとって、以前の母親の謝罪は口先だけで、全く反省していないように思えました。
結局、母親は何も分かっていない。自分の本当の気持ちを理解してくれていない。
また押し付けられた。裏切られたそんな怒りが日々募り、やがてその怒りに自己憐憫の気持ちが加わり、母親を破壊したい、という恨みと憎しみの気持ちへと変わっていったのです。
しかし、実際に破壊することはできないため、その代わりに母親との絶縁を宣言したのでした。

3.激しい怒りは、他者への攻撃性へと転換する
その後、久美さんの性格は大きく変わってしまったようです。
まず、その根源にあるのは母親に対する激しい怒りですが、母親とは絶縁宣言をしているため、直接怒りをぶつけることが難しい状態でした。
そのため、まずは一番身近な存在である夫に怒りの矛先が向かったのです。
今まで夫に家事などを要求したことはなかった久美さんでしたが、家事の要求から始まり、食事の仕方、寝姿など、こと細かく要求し始めました。
まさに、「全てが自分の思うようにならないと気に入らない」といった様子です。

しかし、夫にしてみれば、久美さんが自分勝手な要求をしているとしか思えず、久美さんの要求をことごとく無視したため、当然夫婦仲も悪化していきました。
また、久美さんの「全てが自分の思うようにならないと気に入らない」という姿勢は、子育てにも影響を及ぼしました。
夫との関係の悪化や、母親に対する怒りを抱えたイライラから、ちょっとしたことで何度も子どもに手を上げそうになったそうです。
手を上げそうになる衝動を抑えるのは大変な努力が必要であり、自分を制御するストレスも計り知れないものでした。
さらに、本来母親に向けるべき激しい怒りは、近所の主婦仲間にも及びます。
Aさんの笑い方、Bさんの自分に対するへらへらした態度など、今まで気にもならなかったあらゆる言動が、自分に対する敵意と感じられ、主婦仲間を攻撃・破壊したい衝動に駆られるのでした。
いかがでしょう。久美さんの豹変ぶりを、あなたはどう思われますか?

4.過去を振り返りすぎると、怒りはさらに増幅する
子育てをきっかけに、久美さんは自分の人生を自分で歩んでこられなかった悲しみと、母親に対して抑圧していた怒りの感情を感じ始めました。
一度は母親の謝罪で円満に解決したかに見えましたが、饅頭の一件から、母親に裏切られた気持ちと、これまで以上の強い怒りを感じるようになったのです。
この饅頭の件は、客観的に見れば過剰反応と思われるかもしれません。
しかし、心理的には、母親に対して我慢し続けてきた感情が限界に達しており、それが饅頭のあんの種類に反応したのでしょう。
「これ以上、自分勝手な好みを押し付けるな、いい加減にしろ」という強い怒りの気持ちだったのです。
そして、本来であれば母親に直接怒りをぶつけた方が良かったのかもしれませんが、久美さんは絶縁を宣言し、結果的に怒りを心の中に溜め込んでしまいました。

抱え込んだ激しい怒りは自分の中で処理できず、また過去を振り返るたびに自分が不当に扱われていたことを思い出し、自分に対する哀れみと、その原因である母親への恨みと憎しみの気持ちが高まり、抱え込んでいる怒りはさらにパワーアップしていったのです。
そして、パワーアップして抱えきれなくなった怒りは夫に向けられました。
今までずっと我慢し続け、抑圧された怒りは、「全てを自分の思う通りにしたい、自分の気に入るようにしたい」という一方的な要求へと変わり始めたのです。
客観的に判断すれば「自分勝手」な要求を夫にし始めたわけですが、当然、そのような要求は受け入れてもらえません。

要求を受け入れてもらえない久美さんは、次のように感じるようになります。「誰も自分の気持ちを分かってくれない」。
この気持ちは、母親が自分を受け入れてくれなかった悲しみでもあり、夫が自分の要求を受け入れてくれない悲しみでもあったのです。
そして、そこから「自分は誰にも分かってもらえない」という怒りへと繋がり、近所の主婦が自分に敵意を持っていると思い込むようにまでなっていったのでした。

5.激しい怒りは、自身を包み込み、滅ぼすエネルギーへ
その後、久美さんは動けなくなってしまいました。医師はうつ病と診断したそうです。
母親のために人生を失った悲しみと怒り。
母親に対する恨みと憎しみ。
夫に受け止めてもらえない怒り。
全てを自分の思い通りにできない怒り。
子どもに対して抑え込んでいる怒り。
主婦仲間に対して表に出せない怒りの衝動。
誰にも理解されない悲しみ。
そして、そこからくる怒り。
久美さんは、自分が抱え込んでいる激しい怒りに、まさに飲み込まれてしまったのです。
激しい怒りは、時に私たち自身を滅ぼします。久美さんが回復するために必要なことは、ご自身の辛かった子どもの頃の気持ちを受け入れ、そして母親に対する怒りを手放すことなのでしょう。

久美さんのように、心の奥底に怒りを抱え込んでいると感じることはありませんか?
もしそうであれば、その怒りの正体を見つめ、適切に対処していくことが、心穏やかな日常を取り戻す第一歩となるでしょう。